“nanoZen 081:知覚の扉(The Doors of Perception)”について

Avant-attaque(アヴァン・アタック):HARI


 

nanoZenの第81作となる本作は、2013年11月現在において、最大のnanoZenです。
一日に親指の先ほどの面積しか描けないということから、本作がどの位の時間と労力を必要としたか、ご想像してみてください。
完成時にJINMOは、このように言っています。

『何だか、まるでフエルトペン1本で、東京ドームの屋根全体を塗りつぶすかのような、途方も無く遠大な制作だった。』

nanoZenの各作品タイトルは、その制作に着手した順に通し番号になっていますが、例外もあって、
JINMO自身が特に思い入れを持った作品には、番号に加えて“名”を与えています。
過去には8作品あり、それらは"nanoZen 001:書譜"、"002:円相"、"010:Avant-eye"、
“051:極光”、“077〜080:元素龍 四部作”と名付けられています。
JINMOは、特にそれらを"Star Series(星列)"と呼んでいます。
そして本作は”第9作めのStar Series”です。
その名、”知覚の扉(The Doors of Perception)”とは、約200年前のイギリスの詩人、画家のウィリアム・ブレイクによる
“天国と地獄の結婚”の一節にある言葉です。

『知覚の扉が清められたなら、あらゆるものが本来の姿で、人の前に現れるだろう、神さえも。
今まで人は自らを閉ざしてきたため、洞窟の狭い隙間から世界を知覚するようなものだった。』
("天国と地獄の結婚"、著作:ウィリアム・ブレイク、翻訳:JINMO)

この“知覚の扉”という言葉は、20世紀のイギリスの作家オルダス・ハクスリーによる
1957年のエッセイ“知覚の扉”のタイトルの元にもなり、
またこのエッセイに影響を受けて、ザ・ドアーズという名のロックバンドも生まれました。
『私はヒトの知覚能力の有限性を信じない。』と日頃明言するJINMOがまた、
このブレイクの言葉を選んだのも必然であったと考えられます。

本作は最大のnanoZenというだけではなく、たいへん複雑な構造であるのも特徴となっています。
その作品の構成は、距離をおいて俯瞰するように見れば明らかになります。
中央部に黒く長楕円形に描かれた第1層。
その第1層を直径として描かれたほぼ円形の第2層。
その第2層を中心として放射状に8つの頂点をもって描かれた第3層。
それらが浮かぶ宇宙のような、海のような第4層。
そして、その外周に衛星のように配置された4つのシンボル。
これはまるで、中央に染色体、細胞核を有する宇宙の細胞のようでもありますし、
膨張し爆発の寸前の何か得体の知れない高エネルギー体のようにも見えます。

4つのシンボルは、一筆書きで表現できる円が“1”を表すなら、二画で表現される十字架は“2”、
そして正三角形の“3”、正方形の“4”という最もシンプルな数列に対応していることが伺えます。
これは「縦、横、高さ、時間」という私たちが属している世界、四次元を表しているとも考えられますし、
過去の作品“元素龍 四部作”で表現したように「風、水、土、火」の四元素、
あるいは「気体、液体、固体、プラズマ」という四つの態、
またJINMOにとっての天体的シンボルである「太陽、月、シリウス、地球」、
そして十字架から連想されるように「父、子、精霊、自己」などを表しているとも考えられます。

また第3層はその縦横比が正確に1.6182倍という黄金比に描かれています。
4つのシンボルの配置も1.6182倍です。
それにとどまらず、作品自体の縦横比も、マットの縦横比も、額の縦横比も、総て正確に1.6182倍になっています。
その上、作品とマットの大きさの比も1.6182倍、マットと額の大きさの比も正確に1.6182倍なのです。
本作を前に強く受ける「美しい」という印象は、この総ての関係が正確な黄金比に支配されているからなのでしょう。

更に特徴的なのは、作品の四隅に、それぞれ違う方向を向けて書かれた4つのサインと、4つの落款の存在です。
これは明らかに、作品に天地が無い、あるいは総ての方向が天であり、地であるという表現です。
実際、本作のために作られたこの額は、裏面に紐が4本同時にかけられる特殊な設計になっており、
その日の気分によって4方向どちら向きにでも飾れるようになっているのです。

JINMOは本作を、たった1本のボールペンだけで描きました。
特殊なものではなく、普通に文房具店に売っている0.5ミリのボールペンです。
これは極々一般的な事務用のもので、決して特殊な極細の業務用ではありません。
作品中に驚くほど多様な濃淡や、筆致の違いが容易に確認されるでしょうが、
人によっては様々な色の違いを感じることもあるようです。
それらはヒトの視覚能力の限界を超えた30ミクロンでさえコントロールされる超極微細描画手法によるものでしょうが、
本作には人毛より遥かに細い幅で描かれた線も存在します。

実に多種多様な技術が盛り込まれている作品であるのも、大きな特徴でしょう。
肉眼による鑑賞だけでなく、是非、デジタル顕微鏡による超拡大鑑賞もお楽しみください。
観るほどに、観る者自身の知覚の扉が清められ、閉ざされてきたものが開かれていくような感覚になるかもしれません。

『ディテールとはミクロに凝視するなら、常にカオスであり、その渦中に神は宿る。
混沌に於ける只管の紊乱の中に我が天的嗣業の発火は指し示されている。
カオスにて逢おう。カオスにて待っている。』 (JINMO)