『歪まされたギター音の波形を見つめる度に、そこにフラクタルに於ける海岸線問題に似た面白さを見いだす。私の表現でのプレクティクス概念は、音楽的な時間認識の問題のみならず、ベロシティーやパンニング、そしてこの波形にも在る。それがオーケストレートされたならば、単なる波形合成に留まらず、差音現象も含め、第一次的な演奏時とは別の次元での第二次的グロッソラリアが降り注ぎ始めるかのようで、まことに愉快興奮する。』(JINMO)
本作のタイトル“Distorchestra”とは、“歪み”を意味する“Distortion”と“Orchestra”の合成語と考えられます。
ギターの音の波形を変形させて倍音を強調したり、倍音を添加したりして、歪んだ様な荒々しく太い音を造り出すエフェクターに、ファズ、ディストーション、オーバードライブといったものがあります。
JINMOは様々なエフェクターを使用しますが、中でもこうした“歪み系”は演奏会でも必ず使用されるものであり、JINMOの演奏表現には欠かす事のできないもののひとつと言えるでしょう。
多種多様な歪み具合を表現しますが、そのための歪み系エフェクターは、JINMO自身でも一体何台所有しているのか把握しけれない数になっています。
本作は11曲からなるギター・オーケストレーション作品集ですが、その内の1曲中においても、様々な歪み系エフェクターが使用されているので、ファズ・マニアにはたまらない内容かもしれません。
また、JINMOのギター独奏時の特徴的スタイルのひとつに、高速複雑で極微細な即興があります。
これをJINMOはグロッソラリア系と呼称しています。
グロッソラリアとは“異言”と訳されるキリスト教用語で、祈りの熱情が極限的になった時、本人の意識から切り離されたように舌が高速で動きだし、未知の言語的発生を猛烈におこなってしまう状態を指します。
本作は典型的なグロッソラリア系表現のオーケストレーション版と言え、通常のピッキングに加え、両手によるタッピングでも奏でられています。
両手の10本の指が、それぞれに独立した意思を持って、能弁に語り始めたような複雑な音です。
音楽的な時間認識に於いては、律動についても、単位時間内での周波数の変化や合成の仕方についても、そこに“単純さ”と“複雑さ”が相反するものではなく、未分化に併存しているとJINMOは考えています。
乱暴に言ってしまうなら、非常に単純に聴こえる表現でもミクロにおいては、非常に複雑なものの絡み合うような複合体であったり、逆に非常に複雑に聴こえる表現でも俯瞰するなら、非常に大きく単純なものの一部であったりという事です。
JINMOはこれをよく、大河の流れや、星雲の様子、海岸線の状態などで例えて説明しています。
この考えが、複雑系研究で有名なサンタフェ研究所のひとりマレー・ゲルマン博士の概念“プレクティクス”に近似しているため、JINMOは好んでこの単語を使います。
プレクティクスとは“複雑”と“単純”の意味を持つラテン語を合成したゲルマン博士による造語です。
このプレクティクスの概念が、グロッソラリア系表現を説明するのに不可欠であり、冒頭のJINMOの言葉のように、それはリズム、強弱、定位、そして波形にも意識的に活かされているのでしょう。
一般にオーケストレーションとは、様々な調整がなされて、諧調表現されるものです。
グロッソラリアをオーケストレートするとなると、更なる乱調表現となるはずですが、それが何とも不思議な統一感がここに生まれていると感じました。
それがプレクティクスの美なのかもしれません。
たいへんデリケートで複雑なパンニングと、スペクトル分布を特徴とするアルバムです。
また可聴域すべてを満たし、それ以上の超音波帯域も含んだオーケストレーションが成されていますので、良質のヘッドホンでの御鑑賞をお薦めします。
よく御質問を受けるのですが、JINMOが制作において使用しているモニター・ヘッドホンは、SONYの“MDR-CD900ST”です。
ギター愛好家の方々にはもちろん、現代音楽、先端的テクノ、実験音楽をお好きな方々にもお薦めのアルバムです。
前作“Nexus”から僅かに25日。
通算第172作めのソロ・アルバム(Avant-attaqueからの第153作め)、リリースです。
もちろんCDと同等の、Apple ロスレス 44.1kHz 16bitの高音質です。
(Avant-attaque:HARI)